ロンドンで日本の保険会社に勤める私は、6年振りに古里の海を訪れた。
ここは東日本大震災が起こり、津波で多くの尊い命が犠牲となった海。
そして、オフクロも未だに行方不明だった。
オフクロはオヤジが海で亡くなった後を継いで漁師となり、私を大学まで通わせてくれた。
そんなオフクロに私は、「ロンドンから戻ったら、東京で一緒に暮らそう」と話したが、オフクロはあまり乗り気ではなかった。
あの日、オフクロからロンドンの私に電話があった。
滅多に電話などかけてこないが、電波の調子が悪かったし、大事な商談の前で忙しかったので、私は「また掛け直すから」と一方的に電話を切った。
しかし、その夜、電話をしないまま、疲れてベッドに横になった。
そして、次の日、震災が起こった。
私の実家も津波で流されて、オフクロも行方不明となった。
波打ち際を歩く。
オフクロがまだこの海の中にいるかと思うと、涙が止まらなかった。
あの時、一体オフクロは何を話したくて、わざわざ電話してきたのか。
それが一番心につっかえていた。
しかし、私はオフクロの死という現実に向き合おうとせず、今までずっとそのことを避けて生きてきた。
そして、今回私は本気でそれと向き合うために、ロンドンから再び古里を訪れた。
ふと砂浜に打ち上げられた大きな流木と流木との間に、黒いものが光って見えた。
近付いてみると、それは実家で使っていた黒電話だった。
私はおもむろに受話器を取って耳に当てた。
すると……。
これは東日本大震災についての作品。
やはり、出身地で起こった衝撃的な出来事について書かない訳にはいきませんよね。
仕方がないことかもしれませんが、阪神淡路大震災でもそうですが、年々マスコミでも取り上げられなくなってきたり、取り上げられても時間が短かったりしているのが事実ですから。
それに、やはりあの頃、関東でも計画停電だの食料品買い占めだのがあって、「節電しましょう」なんて風潮もあったのに、今じゃ……。
ホント、だめですね……。
実は、以前賞をいただいて出版した本「総理大臣になった少年」の中に、「ナミダのはな」が収録されいますが、あの作品はまさしく震災が起こってすぐに書いて、出版社に何気なく送ったところ、知らないうちに受賞作と一緒に載りました。
それ以来の震災テーマの出版です。
2017年作。