パパはライバル         (2020年12月出版)

 パパが交通事故に遭った。

 仕事に行く途中、車にはねられたんだ。

 僕とママは、急いで病院に駆け付けた。

 緊急手術を終えたパパは、集中治療室のベッドの上で目を閉じたままだった。

「とりあえず手術は成功しましたが、それ以上は何も……。最悪の場合、一生このままかもしれません」

 お医者さんはそう言葉をにごした。僕とママはそれ以上の言葉を失った。

「奇跡を信じましょう」

 ママは僕を抱き締めて、そう言った。

 ママはまるで自分にそう言い聞かせているようだった。

 僕はうなずいて、それに応えた。

 

 ある日、僕がパパの入院中の病室で、ついつい居眠りしていた時だった。

「ねえ、起きて。起きてったら」

 僕は耳慣れた声で目が覚めた。

 そう、それはパパの声だった。

 ママの言う通り、奇跡が起こったんだ。

「よかった。治ったんだね。パパ!」

 喜ぶ僕に対して、パパは思いがけない言葉を口にした。

「君、だあれ?」

 えっ?

 

 お医者さんの話では、パパは事故の後遺症で記憶喪失になってしまった。しかも、自分のことを小学校5年生と思い込んでいた。

 いくら説明しても、言い聞かせてもだめだった。

 パパが小学校5年生?

 そんな……。

 僕と同い年なんて……。

 

 小学校5年生になったパパは、僕と同じ小学校の同じクラスに通い出す始末。

 そして、僕が大好きなかすみちゃんが好きだとも言った。

 もう、パパはパパじゃない。

 僕のライバルだ。

 絶対にパパには負けない。

 負けるもんか……。 


 私の多くの作品が児童文学ですが、その中でも王道のような作品。

 しかも、この頃から自分の書き方というか、リズムが出来上がりつつあったのかなと、思います。

 とにかくこの頃は書いて書いて書きまくっていた感じがします。

 焦って怒って自ら鼓舞していました。

 なぜ自分が児童文学が多くなったのかは、正直わかりませんが、自分自身とても書きやすかったのがあると思います。

 で、書いている時が居心地が良かったのでしょう。

 そんなこんなで、もう何十年か経ってしまいました。

 今回コロナで自粛期間中、こうしてゆっくり自分の過去の作品と向き合うことができたのは、とても有意義でした。

 この作品も読み直してみて、改めておもしろいと思いました。 

 2006年作。