パパが交通事故に遭った。
仕事に行く途中、車にはねられたんだ。
僕とママは、急いで病院に駆け付けた。
緊急手術を終えたパパは、集中治療室のベッドの上で目を閉じたままだった。
「とりあえず手術は成功しましたが、それ以上は何も……。最悪の場合、一生このままかもしれません」
お医者さんはそう言葉をにごした。僕とママはそれ以上の言葉を失った。
「奇跡を信じましょう」
ママは僕を抱き締めて、そう言った。
ママはまるで自分にそう言い聞かせているようだった。
僕はうなずいて、それに応えた。
ある日、僕がパパの入院中の病室で、ついつい居眠りしていた時だった。
「ねえ、起きて。起きてったら」
僕は耳慣れた声で目が覚めた。
そう、それはパパの声だった。
ママの言う通り、奇跡が起こったんだ。
「よかった。治ったんだね。パパ!」
喜ぶ僕に対して、パパは思いがけない言葉を口にした。
「君、だあれ?」
えっ?
お医者さんの話では、パパは事故の後遺症で記憶喪失になってしまった。しかも、自分のことを小学校5年生と思い込んでいた。
いくら説明しても、言い聞かせてもだめだった。
パパが小学校5年生?
そんな……。
僕と同い年なんて……。
小学校5年生になったパパは、僕と同じ小学校の同じクラスに通い出す始末。
そして、僕が大好きなかすみちゃんが好きだとも言った。
もう、パパはパパじゃない。
僕のライバルだ。
絶対にパパには負けない。
負けるもんか……。
私の多くの作品が児童文学ですが、その中でも王道のような作品。
しかも、この頃から自分の書き方というか、リズムが出来上がりつつあったのかなと、思います。
とにかくこの頃は書いて書いて書きまくっていた感じがします。
焦って怒って自ら鼓舞していました。
なぜ自分が児童文学が多くなったのかは、正直わかりませんが、自分自身とても書きやすかったのがあると思います。
で、書いている時が居心地が良かったのでしょう。
そんなこんなで、もう何十年か経ってしまいました。
今回コロナで自粛期間中、こうしてゆっくり自分の過去の作品と向き合うことができたのは、とても有意義でした。
この作品も読み直してみて、改めておもしろいと思いました。
2006年作。