スマイル              (2017年12月出版)

 この年になると、若い頃の後悔ばかりが頭をよぎる。

 そして、やたらと不思議なことに遭遇する。いい年して、奇跡というものを信じたくなる。

 もしかして、あの出来事もそうだったのだろうか。

 

 当時、俺はアメフトのスタジアムの警備員として働いていた。

 そして、ある日の夜、仕事帰りのパスカック・バレー線のセカーカス・ジャンクション行きの電車の中で、見知らぬ少女に声を掛けられた。

「おじさん、ニーノでしょ。ジャズ・ミュージシャンのニーノ・ウイリアムズ」

 俺は困惑した。ジャズ・ミュージシャンだったのは、今から30年も昔のことで、今の俺の知り合いでも知っている奴はほとんどいなかったからだ。

「私はキャロル。それじゃ、またね」

 名前も顔も全く心当たりがなかった。

 そして、少女は電車を降りて、そのまま群衆の中に消えていった。

 次に少女と出会ったのは、それから10日後。場所は俺の自宅近くの教会のチャペルだった。隅の方で目を閉じて時間を潰していると、声を掛けられた。

「おじさん、こんにちは」

 それから俺達は、馴染みのカフェに行った。

 するとそこで少女は、思いもかけないことを告げた。

 少女はかつて俺が本気で愛したジュリエットの娘。

 ジュリエットは1週間後のクリスマス・イヴに難しい手術を受けなければならない。

 それまでは面会謝絶で、手術が終わるまで会えない、のだと。

 だから、手術の当日、病院の外から歌を歌って母親を励ましたい。

 そのためにも、ニーノトリオを復活させてほしい、と。

 ニーノトリオはかつてアメリカのみならず、世界中で活躍したジャズトリオだった。

 ピアノの俺の他、ウッドベースのセス、ドラムのロバート。そして、ボーカルがジュリエット。

 そのジュリエットが好きでよくステージ上で歌っていた曲が『スマイル』。ナット・キング・コールやマイケル・ジャクソンも歌った名曲だ。

 しかし、ニーノトリオは約30年前に解散した。ジュリエットが突然俺達の前から姿を消したのがきっかけだった。

 そして、その後、俺は一切音楽から離れて生きてきた。

 俺はキャロルの仲立ちもあって、30年振りにセスやロバートと再会した。

 そして、ジュリエットのためにニーノトリオを復活した。

 しかし、俺達には拭いきれない過去の深いわだかまりが残っていた……。 


 今まで発表した作品やまだ未発表の作品にも、私の作品には頻繁にジャズが出てきます。

 思い起こせば、初めて賞を取った(ハリウッドの映画会社と集英社がコラボした映画の原作コンテストみたいなの)作品でも、ジャズ好きな少年が主人公で、ルイ・アームストロングを登場させました。題名は確か、『サム』だったような……。

 曲名やミュージシャンの名前などあまり詳しくないのですが、たまに家でも聴きますし、カフェでもジャズが流れていたりすると落ち着きます。それこそ、書きものが進みます。

 さて、この作品もジャズがメインです。

 大人の物語ですが、ジャズの知識満載にせず、子供やジャズに興味がない人でも読んでいて苦痛にならないように書きました。

 本当は歌詞も掲載したかったのですが、やはり著作権の問題があるでしょうから、断念。

 キャロルお嬢ちゃんが最後に歌った5曲の歌も、ぜひ聴いてみてください。

 ジャズは演奏する人や歌手によって、まったくアレンジが違うからおもしろいですよね。 

 2015年作。