大人のための小さな物語17(2023年5月出版)

父の背中

 父の背中は大きい。

 父の背中は広い。

 父の背中はかたい岩のよう。

 でも、あったかい。

 だから、好きだ。

 父が病気で亡くなる1週間前、私は病室にいる父の背中を水で濡らしたタオルで拭いてあげた。

「気持ちいい。もういい。ありがとな」

 父は目尻に深い皴を刻ませて、優しく言った。

 シミだらけの父の背中が哀しかった。


 確か中学2年生だったと思いますが、その頃友達に教わった将棋にハマって、父が仕事から帰ると、嫌がる夕食中の父をつかまえて、毎晩将棋をさしてもらっていました。

 そして、ある日曜日の午後、やはり休みで家にいた父に頼み込んで、将棋をさしたのですが、初めて父に勝ちました。

 その時の父の苦笑い。

 そして、全てにおいて初めて父に勝ったことによる自分自身の困惑。

 嬉しいというよりも、やってはいけないことをやってしまったという感覚。

 寂しそうな父が小さく見えてしまった瞬間。

 先日は父の十三回忌で、あれからたくさんの月日が経ちましたが、今でも鮮明に覚えています。 

 2005年作。

ハーフ

 私はリサ。白人の母と黒人の父とのハーフ。肌が浅黒いのもそのためだ。

 父は生まれてすぐにいなくなった。らしい。

 それ以来、どんな時でもずっと母と2人で生きてきた。

 忘れられないことがある。

 あれは10歳の時、私は経済的な理由で、一時的にニューヨークの児童養護施設に預けられたことがあった。

 私は入所早々に施設内で、一部の子供達にイジメを受けた。

 ある日の放課後、突然母が小学校にやってきた。

 それから、2人で近くの大型スーパーマーケットの屋上に行った。

 母はそこで私にチョコバニラのアイスクリームを買ってくれた。

「1つでチョコとバニラの両方のおいしさが味わえる。そのアイスクリーム、まるでリサみたいね」

 母は空の雲を見つめて、そう呟いた……。


 この頃はやたらと原稿用紙で5枚前後の超短編を書いていました。

 これもその頃の作品。

 当初は題名は「チョコバニラ」でしたが、変えました。

 やはり物語の最後の場面からも「ハーフ」、「半分」でしょう。

 決して白人と黒人の「ハーフ」ではなくて、「半分」という意味の「ハーフ」。

 読んでもらえたらわかると思います。

 2004年作。

絵本の物語

 私は車の中でぐっすり眠った子供を抱きかかえて、1階のソファーに寝かせると、物音を一切消しながら、2階の物置部屋に向かった。

 わざわざ車で30分ほど掛け、今は空き家になっている実家で、ここに来た本来の目的である探し物を見つけに。

 あった。

 私は物置部屋にある本棚から、『どろんこハリー』と『ぐりとぐら』、そして『てぶくろ』だ。

 私はタオルで、丁寧にその絵本たちを1ページずつ拭いた。

 すると、私の記憶は高校時代の、あの一瞬に連れ戻された……。


 この作品は今年書いた作品。

 実際、ストーリーのほとんどは事実です。

 まっ、主人公が女性と子供のことを除けば。

 そのためか、あっという間に書き上げました。

 2023年作。

兄の帰省

「ただいまァ~」

 お盆の夕食中のことだった。

 某大手証券会社に勤めていた兄が、6年振りに帰ってきた。

 しかし、何となく兄は私が知っている兄ではなかった……。


 この作品はその後、原稿用紙で10枚ほどの作品、そして30枚ほどの作品に発展していきました。

 ということは、自分でも作品のストーリー性が好きだったのだと思います。

 あれ、ラジオドラマにもしたような……。

 2006年作。