海を一望できる公園で、1人の20代前半の青年がぼんやりと物思いに耽りながら、じっと白いキャンバスに向かっています。時々たまらず零れ落ちるような独り言を呟きながら。
母さん、大丈夫かな……。
青年が描いているのは、この公園の中央にそびえ立つ1本の大樹でした。
何となく哀愁を感じる……。
巨木は天空に手が届くほどの大きさであるものの、傍に寄ってみると、黒く太い幹はあちこち老人の皴のように深くひび割れ、細い腕の様な枝は折れ曲がり、土からはあちこち骨の様な根が飛び出していました。
そこには長い年月を生き抜いてきたからこそ、じわじわと滲み出される憐みと寂寥感が醸し出されていました。何となく周囲から浮いているような、そんな気がしました。
きっとこの樹は孤独なんだろうな……。
青年の母親は、現在手術中でした。しかも、難病を患っていました。
しかし、手術のこと以上に青年の頭を悩ませているのは、治療費のことでした。
その病院は日本や海外の富裕層向けで、日本の最高峰の最先端技術を誇り、入院費や手術代がかなり高額なのです。
それでも、今まで母一人子一人で生きてきたからこそ、青年はどんなことがあっても、母親を助けたいと思いました。
僕達家族には神様しか頼れるひとがいないんです。どうかお願いします。僕の命を半分差し上げますから。どうか母さんを救ってください。お願いします。どうかお願いします……。
そう祈りながら、青年は涙を零しました。
その時です。
「素敵な絵ですね」
突然、すぐ隣りから声が聞えてきて、青年は思わず体を縮めながら驚きました。
ちらっと横を見ると、自分よりも年上っぽい男性がなぜか微笑みながら立っていました。絵をじっと見つめながら、とても楽しそうな顔で……。
「絵描きのナナシさん」の第3弾。
このシリーズは短期間で一気に4作品を書き上げました。
なんか無性に書きたかったんでしょうね。
それはやはり主人公のナナシさんと一緒にいたいような、また会いたいような、そんな気持ちだったからだと思います。
ナナシさんはただ旅をしながら大好きな絵を描いているだけですが、行った先々で奇跡を起こします。
しかも、それは決して本人が意図しているものではなく、自然のまま、人々の心にそっと寄り添っていくような小さな奇跡。
そんな「小さな奇跡」を「幸運」と呼ぶんでしょう。
でも、そのお陰で、涙を流す人も感謝する人もいる。
些細なことかもしれないけど、かけがえのないものだったりする。
いいですよね。
そんなさりげない「小さな奇跡」って。
ん~、またナナシさんに会いたくなってきました。
2022年作。