絵描きのナナシさん2      (2023年3月出版)

 絵描きのナナシさんは大きなリュックサックを背負い、全国を旅しながら、今時珍しいガラスペンで絵を描いています。

 そして、その絵は自身のホームページで出展され、毎回高値で取り引きされます。

 しかし、実際に彼と会った人はいませんので、その正体は謎に包まれています。

 さて、ナナシさんはというと、ネットでいろいろ噂話も出ていますが、今日も自由気ままな一人旅を続けながら、大好きな絵を描いています。

 たった今、一体何処で何をしているのやら。

 

 三陸沖に面した小さな無人駅。

 そして、小さな駅舎。

 近くの仮設住宅に住む老婆は、離れて暮らす娘と孫が遊びに来るというので、わざわざ迎えに来ました。

 そして、待合室で、たまたま旅人の、一見若い感じがする男性と知り合い、つい長話をしてしまいました。

 東日本大震災のこと。

 津波に飲み込まれて行方不明となった高倉健似のおじいさんのこと。

 そして、孫のこと。

 時には涙をこぼしながら。

 時には嬉しそうに。

 若い(?)男はというと、老婆の長い世間話にも全く嫌そうな顔もせず、大きな黒いリュックサックから出したスケッチブックにガラスペンを走らせながら聞いていました。

 スラスラスラ。

 スラスラスラ……。

 老婆はそんな男に、「おじいさんの顔が思い出せなくなった」と告げました。

 津波で写真や思い出の品も全て失い、遺影さえないのだ、と。

 だから、自らの頼りないかすかな記憶に頼るしかないのだが、近頃思い出したくても思い出せないのだ、とも告げました。

 少し話し疲れた老婆は急に睡魔に襲われました。

 そして、孫の声で目覚めた老婆の手にあったものは、ガラスペンで描かれた1枚の絵でした……。 


 これはちょうど1年前に書いた「絵描きのナナシさん」の第2弾です。

 この作品は全部で4弾まで一気に書きました。

 ナナシさんは全国を旅しながら大好きな絵を描いています。

 私はというと、よく旅の動画を観て、「いいなあ。旅したいなあ」とは思いますが、究極の面倒くさがり屋なので、近くの散歩程度で済ます始末。

 で、休みの日はいつもカフェで書きものをしています。

 でも、いつかはナナシさんのように……。

 まっ、無理だと思います。はい。

 この物語は東日本大震災のお話。

 やはり岩手県出身の私は、あの悲劇的な忌まわしい出来事を忘れないためにも、震災のお話は今後も作り続けていかなければならないと思います。 

 2022年作。