ぴあの              (2018年10月出版)

 京一さんはピアノの調律師。35歳で未だ独身です。

 絶対音感の持ち主で、幼い頃からピアノを弾いてきましたが、大学在学中にこの仕事と出会い、卒業後は楽器の修理工房に就職して腕を磨き、現在は独立して1人で仕事をしています。

 それでも腕は確かなので、口コミや紹介などで意外と忙しい毎日を送っています。

 たまに時間が空いた時には、昔の友人達とジャズセッションを組んで演奏活動も行っています。

 だから、本人はとても充実した毎日を過ごしていますが、叔母さんは快く思っていません。

 顔を合わせるたびに、

「キョウちゃん、いい加減に早く身を固めなさい」

とか、

「安定した仕事を探した方がいい」

とか、

「心配で心配で、夜も眠れない」

とか、

「これじゃ、申し訳なくて、5年前に亡くなったあなたのお母さんである姉さんにあわせる顔がない」

とか……。

 時には恫喝気味に、時には涙ぐみながら延々と甥にお説教をする始末。

 この日も姪のユッコちゃんに頼まれてピアノを調律しに叔母さんの家を訪ね、仕事を終えて帰ろうとすると、いつものように叔母さんに捕まってしまいました。

 ホトホト困っていた時、京一さんのケータイが鳴りました。

「娘の大事なピアノの音が急に出なくなった」

 愛用のスクーターを1時間は走らせて、依頼主の家のリビングルームに通された京一さんは、そこで小さな白いピアノを見た瞬間、驚きとともに目を輝かせました。

「これは猫田印のピアノですね」

 猫田印のピアノは、ピアノ職人の猫田音次氏が全工程をたった1人で製造したものです。

 それから、そのピアノの持ち主で8歳のりなちゃんは自閉症で、ピアノを弾いてしか自分の気持ちを伝えられない、と母親から聞きました。

 おんなじだ。あの頃の僕と……。

 京一さんは不安そうな少女の頭を優しく撫でて言いました。

「大丈夫だよ。僕が必ずピアノを直してあげるから」

 2時間後、京一さんは約束通りにピアノを直しました。

 そして、嬉しそうな少女のピアノの音色を聴きながら、晴れやかな気分で帰りました。

 ところが、1週間後。

 夜になって、京一さんのケータイはずっと鳴りっぱなしです。

 依頼内容はすべて同じ。猫田印のピアノの音が出なくなったと言うのです。

 りなちゃんからも、涙で絞り出した震える声で電話がありました。

「ピ、ピアノ……、わ、私のピアノ……、音が……、音が消えた……」

 もしかして、これは……。

 京一さんは急いでふきのとう市の総合病院にスクーターを走らせました。 


 この作品はピアノの調律師のお話。

 以前書いたと思いますが、私の作品の主人公はやたらと音楽家や先生や画家が多いようです。

 きっと憧れだからなのでしょう。

 ピアノも弾けませんし、絵もめちゃくちゃ下手ですから。

 スヌーピーの絵は描けますけど。

 それに、やたらと変わり者の独身やさえないバツイチが多い。

 なぜでしょう。

 2016年作。