大人のための小さな物語12     (2020年2月出版)

魂の導くままに

 旅に出た。

 中国の湖南省の中でも、山深い辺境の地。

 かつて晋の時代、陶淵明が「桃花源記」の中で、桃源郷として描いた地をどうしてもこの目で見たかったからだ。

 そして、もう1つの理由は、20年前にこの地で行方不明となった父の手掛かりを探すためだった。

 山径を何時間も歩いていた時だった。

 ふと、目の前に深い霧が立ち込めてきて、桃の甘い匂いがした。

 そして、私は急に目が霞んできて、激しいめまいに襲われ、そのまま気を失った……。


 「旅に出た」シリーズの第4弾。

 今回は中国です。

 しかも「桃源郷」。

 いつか長い時間があったら、行く当てのない旅をしてみたいものです。

 そう思いながらも、深夜のテレビの世界の様子の番組を観ながら満足しているボクちゃん。

 ま、面倒くさがり屋で出不精の性格なので無理でしょうね。

 枕が変われば眠れませんから。

 黙って仕事して、書きものをしています。はい。

 この作品は今年1月に書いたもの。出来立てホヤホヤです。

たった1分間だけのラジオ番組2

 お母さん、またなの?

 どうしていつも私の足を引っ張るの?

 そんなに私が憎いの?

 

 日曜日の夜遅く、私は市内の大学病院の集中治療室にいた。

 目の前のベッドには、意識のない状態の母が横たわっていた。

 泥酔した認知症の母は、誤って歩道橋から落下した。

 緊急手術を終えた医師の話では、今夜がヤマだという。

 しかし、母の顔を見ていても、憎しみや怒りしか込み上げてこない。

 そう。私の人生は母によって不幸を背負わされてきた人生そのものだった……。


 「たった1分だけのラジオ番組」の第2弾。

 今回は母と娘のお話。

 お互い想っているのに、それを態度や言葉で素直に表すことができない関係。

 家族って、そうかもしれませんねえ。

 で、つい余計なことを言っちゃう。

 謝るのもうまくできなくて……。

 でも、離れることはできなくて……。

 父の息子もそうですよね。

 一緒にいても、心配なのに、何も言葉を交わさない。

 うちもそうでした。 

 2015年作。

黒電話

 波打ち際にたたずんで、ただ一人思う。

 何て穏やかな海なんだろう……。

 ほんの3週間前、多くの命を一瞬のうちに飲み込んだ海とは思えない。

 砂浜を優しく撫でるように走り、囁くように奏でる波は、私にとっては昔から変わらぬ古里の海だった。

 あの日、あの時、オフクロは死んだ。正確には現在も行方不明だ。

 オフクロは前日、何かを伝えるために、わざわざロンドンの私に電話を掛けてきたが、忙しかった私は話をちゃんと聞かないままにそれを切ってしまった。

 オフクロは一体あの時、何を伝えたかったのか……。

 そして、6年振りに赴任先のロンドンから戻った私は、現実を受け入れる覚悟を持っていた。

 ふと、砂浜を歩いていると、大きな流木と流木の間に何やら黒いものが光って見えた。

 それは実家で使っていた黒電話だった……。


 この作品は以前メデイバンから単独で出版したものです。

 内容は3・11。東日本大震災です。

 詳しくはこちらもどうぞ。