「もう、こんな時に夕立ちだなんて……」
悦子さんはつい独り言で声を荒げました。
悦子さんは5歳の一人娘めぐちゃんとつい最近、この街に引っ越してきました。
1ケ月前に夫と別居後、友人の紹介で今の会社の事務職として働き始めて、その会社近くのアパートで暮らし始めました。
しかし、昨日協議離婚が成立し、慣れない仕事や初めての街での忙しい毎日に追われる上に、娘と暮らす将来の不安から、いくら悔やんでも悔やみきれないことをしてしまいました。
今朝、保育園に送り届ける途中、めぐちゃんに手を挙げてしまったのです。
水たまりが大好きなめぐちゃんは水たまりに夢中になって、悦子さんに何度も注意されても、楽しそうに水たまりを踏んで遊んでいます。
「いい加減にしなさい! パパもめぐも大嫌い!」
そして、悦子さんはめぐちゃんを押さえつけて、その小さな頬をぶったのです。
どうしてあんなことしたんだろう……。
自分は絶対にあんなことだけはしないと、固く誓ったはずなのに……。
ふと悦子さんの目の前に、ログハウス調の小さな建物が見えました。看板には、「あめ屋」と書かれています。
あめ屋? 一体何のお店だろう……。
悦子さんはちょっとの間だけ雨宿りをさせてもらうために、店の軒下に逃れました。
すると、ちょうど中から店主のすずさんが開店準備のために、大きなカエルの置き物を持って現れました。
「あっ、いらっしゃいませ」
いつもの優しいまなざしと、可愛いエクボを浮かべながら……。
老舗の雨具専門店「あめ屋」の第2弾。
かつて辛い想いをした女性が母親となり、今度はその辛い想いを自分の大切な娘にしてしまいます。
そして、偶然に「あめ屋」を訪れて、店主のすずさんと出逢います。
今回も「あめ屋」で購入した雨具とすずさんが贈ったあめ玉が、物語をより一層温かくて味わい深いものにしてくれています。
表紙は今回もみずきさん。
何というか、「うまい」というより、絵が楽しそうなんですよねえ。
まっ、本人も楽しそうな人ですけど……。
怒られるな、こりゃ……。
2018年作。