おもひで屋4         (2022年11月出版)

 この日、正道さんは母親の絹江さんとキャンプに行く途中だった。ところが、キャンプには欠かせないランタンを自宅の玄関先に忘れてしまった。正確に言うと、絹江さんが置き忘れてしまったのだ。

 絹江さんは認知症だった。特にこの頃は症状が悪化して、既に自分が誰なのか、息子の存在さえも分からなくなっていた。

 50代前半の正道さんは今年勤めていた市役所を辞め、母親の介護に専念した。周囲の人達は口々に、「専門の施設に入所させた方がいい」と助言してくれたが、母親が女手一つで育ててくれたこと、今まで何一つ親孝行らしいことをしてこなかったことに対する負い目から、敢えて苦労する道を選択いた。

 ところが、実際の生活は想像に大変で、毎日が葛藤の連続だった。一緒にいる時間が長い分、無気力な母親についイライラしたり、現実に絶望したり。

 このままじゃ、マズいな……。

 自分の力では既に限界があると思い始めた正道さんは、積極的にショートステイやデイサービスを活用し、できるだけ自分だけの時間を作ろうとした。

 ある日、近くの本屋で何気なくソロキャンプの本を見つけた正道さんは、子供の頃のことを思い出した。

 キャンプかあ。懐かしいなあ……。昔はよく出掛けたっけ……。

 そして、急遽思い立って、キャンプ道具を一式買い揃え、近くのキャンプ場に行く計画を立てた。絹江さんは施設に預けるつもりで。本人にもそう伝えて。

 ところが、当日の早朝、正道さんが起きて台所に行くと、絹江さんは一緒にキャンプに行く支度をして立っていた。母親の態度がいつになく頑なだったので、仕方がなく正道さんは絹江さんを連れていくことにした。そして、こともあろうに、ランタンを忘れてしまったのだ。

 正道さんはランタンを安く借りたいと思い、スマホで調べ、あの不思議なレンタル屋「おもひで屋」を訪れた。

 そして、そこで何となく見覚えのあるランタンを借りることにした。

「今夜はこのランタンの明かりの下、きっと大切な思い出と再会する時間になりますよ。きっと……」

 ボサボサ髪で黒縁メガネを掛けた20代半ばの若い店主は、正道さん親子にそう告げた……。 


 久し振りの「おもひで屋」の第4弾。

 1、2年前に動画でソロキャンプをたくさん観ていた時期があって、急遽アイディアが浮かんで書いた作品。

 だからといって、キャンプに行きたいという気持ちはないですねえ。

 究極の面倒くさがり屋ですから。

 動画で楽しめればそれで充分です。

 2021年作。